繊細ラボ

HSPとはギフト

HSP関連あれこれ・・

MENU

HSPの工夫①

HSPの日常生活の工夫①

外側からの刺激を高い感受性で処理してしまうHSPは、生活していくうえで様々な工夫が必要です。

f:id:change-oneself:20200216102633j:plain


HSPが疲れやすいのは、普通の人よりも多くの情報を集めてしまうため。

外からの刺激はもちろんのこと、妄想や空想、フラッシュバックなど内側からの情報も引っ張り出してしまうため、HSPの脳は常に情報の過剰負荷となって、パンク寸前なのです。

また、他人の情動に強く影響されて疲れることも多いです。

これは恐らく、ささいな変化や他人の感情に気づきやすく、また生得的に傷つきやすい特性を持っているため。

相手の表情、声の出し方から相手の感情を読み取ってしまうので、人と会ったり話すだけで相手が自分の頭の中に入り込んでくるような、そんな感覚にしばらくの時間占領されて辛いことも多いです。

私は人と話した後は10分から15分ほどはかるく動揺しています。

もう目の前にその人はいないのに、頭の中に先ほどの相手の表情や声が余韻のように残っていしまい、かるい興奮状態にあるのです。

私が感じている余韻は、脳が先ほどの対人刺激を処理するのにかかっている時間なのかもしれません。

人と会うだけでいちいち刺激に強く反応し、その処理に時間がかかり過剰負荷状態になっていてはしんどいものです。

そこで私がよくやる工夫を紹介します。

視界からの情報を大幅に減らす

f:id:change-oneself:20200226131217j:plain

これは、近視で眼鏡やコンタクトレンズを使用している方にしか適用できない方法で申し訳ないですが、私には効果が感じられるので、参考としてお伝えします。

外側からの刺激を大幅に減らす手段として視力を落として過ごしてみることはおすすめです。

 

人と会う時や長時間誰かと共に過ごさなくてはいけない時や、人と外食する時などはコンタクトレンズや眼鏡をはずします。

緊張も半減するだけでなく、周りが気にならなくなります。

コンタクトや眼鏡をして視界が鮮明にクリアに見えている状態のときは、誰かの視線が気になってしまうし、店員さんが近くを歩き回るのも気になり、隣の席の人たちも気になってしまう。

ただその場にリラックスして居ることすらままなりません。

でも、視界がぼんやりとしている時は、なぜかその場にいることが苦になりません。

ぼんやりとした世界は見えにくくて一見不便に思えますが、ただその場にいることを可能にしてくれます。

突き刺さるような視覚の刺激がなくなり、まぶしすぎることもなく、また鮮明ではないため、視覚から入る情報量を半減させてくれます。

また、自分がぼんやりしか見えていないので、相手の視界もこんなものだと脳をだませているのかもしれません。

私が単純なだけかもしれませんが、自動的にそう誤認できてしまえるようです。

ある意味これは私にとって正解でした。

自分がとても敏感で繊細なので、他人もみんなそうだと思っていた頃。

人がたくさん集まる場所やパーティや公園、外での食事がとても苦手でした。

 

外界の刺激に過剰にさらされて、ドキドキ興奮状態で、もともと自尊心も低いため、おどおどして自意識過剰になり、他人の視線が気になりました。

誰もが皆、こんな突き刺さるような視界の情報をとらえながら過ごしているものとばかり思っていました。

それなのに多くの人たちは堂々とその場を楽しんで、リラックスして過ごせてすごいなあ、疲れ知らずでタフですばらしいなと思ってました。

それに比べて私は疲れやすくてなんてダメなんだ・・と思っていました。

 

でも、それは少数派のHSPの感覚であって、実は多くの他の人たちはもっと鈍感な世界にいるのかもしれません。

私たちと同じようには見えていないということです。

私たちHSPが自分の視力を落としたようなぼんやりとした世界にいる時の感覚が、非HSPの世界なのかもしれません。

生まれてからHSP以外の脳で生きたことはないので、想像でしかありませんが。

 

もちろん視力的にHSPも非HSPも何ら変わりありません。

非HSPでも視力がいい人や眼鏡などで視力矯正している人は遠くまでしっかり見えているでしょうし、相手の表情や顔のしわまではっきり見えていると思います。

見えているけれども、でもHSPの感覚のようには感じたり見えてはいないかもしれないということです。

非HSPの脳は細部や他人の感情まではキャッチしていないのかもしれません。

では、HSPの私たちも物理的にキャッチしないように工夫すれば良いのです。

その場にいることを楽しめるようになる

f:id:change-oneself:20200226131338j:plain


以前は人との食事も肩が凝るほど緊張していましたが、今はそこにいるだけでいい。

ここにいていい、食事してその場を共有するだけでいいという過ごし方が可能になりました。

 そのかわり色んなものが見えていないことの弊害もあります(笑)

メニューはのぞき込まないと見えないし、初対面の人を紹介されても顔をおぼえられません。

相手のコップに飲み物がなくなっていても気づきません。

私が何か話した後の相手の反応やリアクションを読み取れません。

楽しそうな笑い声は聞こえていますが、その場の雰囲気を大雑把につかむぐらいの感じです。

ですが、学校の授業や仕事で大事な商談中だったり、会議やサービス業をしている最中でもない限り、プライベートでは、このぐらいでいいのかもしれません。

 このぐらいの自分でいる方が人付き合いを続けられる気がしています。

それに、気が利きすぎるよりも気が利かないぐらいの人のほうが実はいいと思います。

自分が疲れることなく人付き合いし、また次も人付き合いをリラックスして楽しもうと思えるのなら、これは方法の一つと言えます。

 

もちろん、はっきりと見えないといけない場面も多々あるので、そんな場面では眼鏡やコンタクトは必ず使用しましょう(笑)

例えば、車の運転の際は一定の視力以上なくては違法ですし危険なので厳禁です。

 

限られた場面でリラックスするための工夫の一つとして使い分けられたら、少しは人付き合いが気楽になるかもしれません。

 f:id:change-oneself:20200226131259j:plain

 

 

 

Copyright ©繊細らぼ All rights reserved.
プライバシーポリシー お問い合わせ